アディクトの優劣感

撮影監督・林盟山インタビュー

インタビュアー小出正之
通訳・米七偶
2008・4・14
台北市・「遊戯現場有限公司」にて。

小出 ちょうど今から1年前の2007年4月14日は「アディクトの優劣感」の撮影真っ最中でした。劇場公開が2007年12月に始まって、大好評を得て、来月5月17日からアンコール上映が始まるというタイミングで、撮影監督の林盟山に「アディクトの優劣感」を振り返ってもらいつつ、林盟山というカメラマンに迫りたいと思います。阿山(あさん=林盟山のニックネーム)は僕の映画「ふるり」のスチールをやってもらったことが最初の縁だったのですが、阿山の撮るスチールはとてもいい絵で、1枚1枚を手に取ってみるとそれだけで映画を観てるような気分でした。「阿山の写真で映画を作れないか」と思ったのもその時でした。阿山の初の写真集「What If It Matters」(日本未発売)も、やばいって思うくらいかっこよかったです。阿山のカメラマンとしての原点を探るというか、知りたいなと思うのですが。

阿山 私は西門町で育ちました。多くの人を観てきて、小さい頃から人に興味があった。学校を出た後、兵役ではなく、志願兵になり、そして退役した頃、写真に興味があったので、写真屋につとめて、写真機を売る仕事をして、その後現像の仕事を3年間やりました。撮影について学校で学んだことはありません。現像の仕事をしてる内に、台湾の多くの有名なカメラマン達と知り合うようになりました。それらのカメラマン達が私に写真を撮れと言ってくれ、インタビューの撮影の仕事をいただきました。1994年頃のことでした。被写体は蔡明亮監督でした。その写真を見た蔡明亮から「映画のスチールを撮ってくれ」と依頼があったのが映画の世界への第一歩でした。

小出 どの作品ですか?

阿山 「」です。

小出 ベルリン映画祭銀熊賞ですね。音楽業界の写真も多く撮ってますが、そのきっかけは何ですか?

阿山 自分は音楽をやってるわけではないですが、とにかく人に興味があったのでいろんな種類の若い人に接してる内に、1つのカテゴリーとして音楽人というのが浮き上がってきました。1995年に最初の個展をやりました。テーマは「台湾の若者達」で被写体はチンピラ、バンドマン、ゲイなどで、取材当時は無名だったのですが、後年メジャーになっていった人たちがいました。私にとって、写真撮影とは「相手を知る」プロセスです。蔡明亮監督や、小出正之監督もそうだし、物語の中にいて演じてる役者たち、それを撮ってるスタッフ達にも興味があるので、それを知るというプロセスが私にとっての撮影−、営為であるということです。

小出 最初の個展からこの13年はどういう歴史だったのでしょうか。

阿山 個展の後、蔡明亮の「」のスチールをやった後、8ヶ月かけて、台湾全土の若者を撮る旅に出かけました。台北県、台中県、彰化県、嘉義県、阿里山、台南、高雄、花蓮、行く先々、誰も知り合いはいないのですが、街で声を掛けて60人の若者を撮りました。この撮影には国から半年間の補助金が出ました。撮影に八ヶ月、現像や整理で半年かかり、全部で1年4ヶ月がかかりました。その後は、また蔡明亮から声が掛かり、「Hole」に参加しました。その後は、柏原崇主演の「A Chance to Die」(陳以文監督)に参加したりと、だんだん映画スチールの仕事が増えて、個展などはそれ以来してなかったので、写真画廊などからは「お前は何をやってるんだ」と言われたりしました。スチールは映画の宣伝のために使われるので、写真家として名前が世に出る仕事ではないのです。

小出 ドキュメンタリを撮ったことがあると聞きましたが。

阿山 「秋茶」(1999年・54分)と「青春印記」(2002年・54分)です。「秋茶」は新竹市の老人売春婦のドキュメンタリで公共電視(台湾国営放送)で放映されました。「青春印記」は高雄市で起こった銃発砲事件で人生が変わってしまった4人の若者をテーマにしたものです。「青春印記」も公共電視で放映されましたが、ノンリニア編集機の故障でデータが飛んでしまい、今はマスターが存在しません。素材テープはありますが、もう一度編集というのはちょっと無理ですね。この後、ドキュメンタリを撮ることは止めました。ドキュメンタリとは言え、お金がかかります。となると、出資者が必要になり、当然、締め切りが発生します。しかし、被写体の人生があるわけで、締め切りがあっては、それに合わせて撮ることが出来なくなるからです。
このあとは、またスチールの仕事を始めるのですが、1年に1本、蔡明亮監督のものか、この監督なら、と思えた場合のみで、スチールの仕事はセーブしていきました。
それからは文学雑誌や映画雑誌のインタビュー撮影などが増えていきました。
監督では、山田洋次、塚本晋也、岩井俊二、レオス・カラックスなど…。台湾の主要な小説家は、ほとんど撮りました。

小出 昨日、誠品書店で見たんですが、CDのジャケットも撮ってますよね。

阿山 魏如萱ですね。最近はレコード会社からもオファーが来るようになりましたね。

小出 「アディクトの優劣感」ではスチールではなく、本編を撮ってくれと言われて、どう思いましたか?

阿山 最初聞いたときは大変興味を覚えました。「ラ・ジュテ」や「好き、」や篠山紀信の山口百恵「横須賀ストーリー」のPV(?)など資料映像を見せていただき、こんな仕事の依頼が来るとはなんと幸運だろうと思いました。ただ、一方でこのやり方で長編を撮るということに、不安もありました。しかし私を興奮させたのは、台湾では、こういう映画を作られる機会はまずないということでした。

小出 実際に撮影が始まってみて戸惑ったりしたことがあったと思うのですが。

阿山 映画のスチールという仕事は映画のどのパートとも関係がないのです。スチールとは映画の全過程を、宣伝を主たる目的として、そのエッセンスを撮っていく仕事です。分かりやすく言うと、スチールとは傍観者です。映画作りに参加してないのです。しかし、「アディクトの優劣感」では、スチールとは言え、本編の撮影ですから、照明や役者達と協調して仕事をせねばならず、傍観者ではいられないというのが最大の違いでした。したがって、現場ではスチールカメラマンの時と違って、大変なプレッシャーにさらされました。ムービーのカメラマンは助手の力を借りて仕事をしますが、スチールの場合、一人でやるほかありませんでした。

小出 僕の想像ですが、監督が「ここでパンして」と言っても、スチールカメラマンに「パン」という概念はないでしょうから、慣れなかったと思うんですよね。

阿山 はい、戸惑いの連続でした。

小出 傍観者から主体者になって仕事をしたというのが、かつて、ドキュメンタリを撮ってたことが奇妙にリンクしたんじゃないですか。

阿山 その通りです。

小出 阿山は「アディクトの優劣感」を劇場でまだ観てなくて、DVDで観てもらったんですが、いかがでしたか?

阿山 非常に満足してます。嬉しかったです。自分が思っていた以上にいい仕上がりだったので、満足しています。カメラマンの立場としては、こんな作品が出来たと言うことは大変嬉しく思います。

小出 ハイビジョンでは、とても追いつけないほどの、高精細、高画質な映画になりました。


小出 阿山の今後の予定はいかががですか?

阿山 日本や中国の監督と仕事をしたいと思っています。台湾は近年、通り一遍な商業映画が多くなり、刺激が少なくなりました。日本の監督とは特に仕事をしてみたいですね。日本で個展もやってみたい。
あとは、被写体として日本の「暴走族」、「デコトラ」に興味がありますね。この5,6年いろんな人に暴走族やトラック野郎を紹介してくれと言ってるんですが、なかなかいない。小出さん、暴走族やデコトラの知り合いはいませんか?

小出 いないですね(笑)。日本戻ったら探してみます。


インタビューの後、阿山と小出は、夜が更けるまで日本カルチャーの話で盛り上がった。
子供の頃から30年近く、日本の漫画を読んできた阿山は大の日本通。
衣料品の輸出を営んでいた阿山の父は日本に行くたび、息子のために雑誌のポパイを買ってきてくれた。今でも阿山の実家にはポパイの創刊号がある。
小学校ではマジンガーZ、中学では巨人の星、高校では、ドラゴンボール。大人になってからも松本大洋、大友克洋と僕らと大して違わないマンガ体験をしている。最近のお気に入りは「殺し屋1」。中国語版が台湾では売ってなかったため、香港まで買いに行ったほど。大人になればなるほど、買い方が暴力的になったという。数え切れない日本の漫画が家には溢れる。「AKIRA」は10数カ国語分を持っていて、結末が微妙に違うのだと熱く語る。
台湾は、中国大陸を含む『中華圏最先端文化の地』。そこの若者達は皆、日本カルチャーをリスペクトしている。まだまだ日本は台湾のことを何も知らない人が多いが、この10年で日本エンターテイメント市場における台湾の存在感は徐々に増していくだろう。


リン・メイサン(林盟山)プロフィール
1966年台湾・台北市出身。
カンヌ・ベルリン・ベネチア三冠監督 ツァイ・ミンリャン(蔡明亮)のスチールカメラマンを担当。映画以外にもCF、CDジャケットなどを手がけ、台湾で最も注目されている。『What if it matters』(日本未発売)は リン・メイサン初の写真集。
http://www.lmsphotos.com

1995 河(The River)/蔡明亮監督
1997 Hole(The Hole)/蔡明亮監督
1998 想死趁現在(A Chance to Die)/陳以文監督
1999 女湯/劉怡明監督
2000 ふたつの時、ふたりの時間(What Time Is It There?)/蔡明亮監督
2002 歩道橋(The Skywalk is Gone)/蔡明亮監督
2003 迷子(The Missing)/李康生監督
    楽日(Goodbye, Dragon Inn)/蔡明亮監督
2004 ふるり(Fururi)/小出正之監督
2005 恋人(Falling in Love )/王明台監督
2006 一年之初/鄭有傑監督
2007 アディクトの優劣感/藍河兼一監督

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「迷子」
定価4935円(税込)
発売元/販売元:(株)竹書房


「楽日」
定価4935円(税込)
発売元/販売元:(株)竹書房


「Hole」
定価4935円(税込)
発売元:(株)プレノンアッシュ 
販売元:ジェネオン エンタテインメント(株)


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